「仕事で嫌なことがあった日に、帰宅してすぐ推しの動画を見る」「人間関係で疲れたときにはライブの予定を考え、次の現場まで頑張ろうと自分を励ます」…そんなふうに推しを心の支えにしていると、ふと「これって推し活に逃げているだけなのかな」「現実逃避しているだけなのかな」と不安になることがあります。
周囲から「推しばかり見ていないで現実を見た方がいい」「推し活は現実逃避でしょ」と言われ、急に自分の趣味に後ろめたさを感じることもあるでしょう。しかし、「映画を見ている2時間だけ仕事を忘れる」「旅行中は普段の悩みから離れる」といった時間があるように、趣味には日常から少し距離を置かせてくれる役割もあります。
大切なのは、推し活によって現実から一時的に離れていることではなく、そのあとに自分の生活へ戻れているかどうかです。おた歴30年の私自身も「今日はもう推しだけ見ていたい」と思った日は何度もあります。でもそのおかげで、日々が充実していると胸を張って言えます。
この記事では、推し活は本当に逃げなのか、良い現実逃避と少し注意したい状態の違い、推し活と現実とのちょうどいい付き合い方について考えていきます。
推し活は「逃げ」や現実逃避なの?
推し活をしている間に、仕事や学校、人間関係などの悩みを忘れることはあります。その意味では、推し活にも「日常から一時的に離れる」という側面はあるでしょう。
しかし、現実を忘れる時間があることと、解決しなければならない問題から永遠に逃げ続けることは同じではありません。まずは、この2つを分けて考えることが大切です。
推し活で現実を忘れる時間があってもいい
仕事でミスをした日や人間関係で嫌なことがあった日は、家へ帰ってからも頭の中で何度もその出来事を思い返してしまうことがあります。そんなときに推しの動画を見たり、大好きなライブ映像を流したりして、数時間だけ嫌なことを考えない時間を作ってもいいのではないでしょうか。
嫌な出来事があったからといって、その問題について朝から晩まで考え続ければ必ず良い答えが出るわけではありません。「今日はもう考えるのをやめて推しを見よう」と一度頭を切り替えることで、気持ちが落ち着くこともあります。翌日になれば、前日より冷静に考えられるかもしれません。
推し活をしたことで問題そのものが消えるわけではありませんが、問題と向き合う自分を一度休ませることはできます。推しを見て笑ったり好きな曲を聴いたりしたあと、また自分の生活へ戻れているのであれば、「逃げてしまった」と自分を責める必要はないと思います。
「一時的に離れること」と「現実から逃げ続けること」は違う
たとえば「仕事で嫌なことがあったので、帰宅してから推しのライブ映像を見て気持ちを切り替え、翌日はいつも通り仕事へ行く」というのであれば、推し活は気分転換として機能しています。誰にでも必要になる休憩時間のひとつと考えてよいでしょう。
一方で、「仕事で解決しなければならない問題があるけれど何も対応せず、考えたくないから推し活だけを続け、その結果さらに状況が悪くなっている」というのであれば、一度立ち止まる必要があります。この場合も推し活そのものが悪いのではなく、必要な問題への対応まで止まってしまっていることが悪いポイントです。
つまり、推し活が現実逃避なのかを考えるときは、「推しを見て現実を忘れたか」だけで判断する必要はありません。推し活を休憩として使っているのか、それとも現実へ戻らないために使っているのかを考えると、自分と推し活との距離感が分かりやすくなります。
推し活だけが特別な「逃げ」ではない
推し活だけが「現実逃避」と言われると、少し不思議に感じることがあります。世の中には、「映画を見ている間は作品の世界に入り込む」「旅行へ行った日は仕事を忘れる」「ゲームをしている時間は目の前のプレイに集中する」といった楽しみ方がたくさんあります。
本を読んだり、スポーツ観戦をしたり、好きな音楽を聴いたりすることも同じです。趣味には、普段の役割や悩みから少し離れて、自分の気持ちを切り替えられる時間という側面があります。推し活だけを特別に「現実を見ていない趣味」と考える必要はないでしょう。
推しを見ている数時間は仕事のことを忘れ、ライブが終わったらまた自分の日常へ帰る…それができているのであれば、推し活も数ある趣味のひとつです。「現実から離れる時間がある」ということ自体を悪いものにしなくてもいいと思います。
推し活が頑張る理由になっているならプラスにもなる
推し活は現実から離れるだけではなく、現実を頑張る理由になることもあります。「今週を乗り切ればライブがある」「次の遠征のためにもう少し仕事を頑張ろう」と思えるだけで、少ししんどい毎日を乗り切りやすくなることがあります。
推しに会う予定があるから美容やファッションを楽しんだり、遠征費を貯めるために家計を見直したりする人もいるでしょう。推しがきっかけになって自分の現実で行動が生まれているのであれば、それは単純な「逃げ」とはかなり違います。
もちろん、何をモチベーションにするかは人それぞれです。「旅行を楽しみに仕事を頑張る」という人がいるように、「次のライブを楽しみに仕事を頑張る」という人がいてもいいでしょう。推しを楽しみにしながら現実を前へ進めているのであれば、推し活は生活を支えてくれる存在にもなります。
なぜ推し活に「逃げている」と感じてしまうの?
自分では推し活を楽しんでいたはずなのに、ある瞬間から「私は現実逃避をしているだけなのでは」と考えてしまう人もいます。その背景には、推し活そのものではなく、自分の生活や周囲との比較が影響している場合があります。
なぜそう感じるのかが分かると、推し活そのものを必要以上に否定しなくてもよくなるかもしれません。
仕事や人間関係がつらいときほど推しを見たくなる
仕事で嫌なことがあった日に無意識に推しのSNSを開いたり、人間関係で落ち込んだときに好きなライブ映像を見たりすると、「私は嫌なことがあるたびに推しへ逃げている」と感じることがあります。つらい出来事と推しを見る行動がセットになるほど、そう思いやすいでしょう。
しかし、人にはそれぞれ自分なりの気分転換があります。「落ち込んだ日は友達へ電話する」「疲れた日は好きなものを食べる」という人がいるように、好きな推しを見ることで気持ちを整える人がいても不思議ではありません。
推しを見たあとに少し気持ちが軽くなり、必要なことへまた向き合えているのであれば、それは自分なりの切り替え方です。「つらい日に推しを見た」という理由だけで、現実逃避だと決めつけなくていいと思います。
現実より推し活をしている時間の方が楽しい
「仕事をしているよりライブへ行っている方が楽しい」「家事をしているより推しの動画を見ている方が楽しい」と感じると、現実より推しの世界を選んでいるような気持ちになることがあります。しかし、趣味の時間が仕事や家事より楽しいこと自体は、それほど不思議ではありません。
普段の生活には、仕事や家事、勉強など「好きだからやる」というより「必要だからやる」ことも多くあります。一方で推し活は、基本的に自分が楽しみたくて選んでいる時間です。そのため、推し活の方が圧倒的に楽しく感じるのは自然なことです。
むしろ、日常の中に「これは純粋に楽しい」と思える時間がひとつあることは、自分にとって大きな意味があります。現実より楽しいから現実逃避なのではなく、現実の中にある楽しみのひとつが推し活だと考えてもいいでしょう。
推しに使っている時間やお金へ罪悪感がある
ライブ、遠征、グッズ、CD、ファンクラブなど、推し活には時間もお金も必要です。そのため、「このお金を貯金した方がいいのでは」「推しの動画を見ている時間にもっと勉強した方がいいのでは」と考え、推し活をしている自分へ罪悪感を持つことがあります。
もちろん、生活費が足りなくなるほど使ったり、必要なことをすべて後回しにしたりするのであれば見直しは必要です。しかし、自分の生活を守ったうえで余暇や趣味にお金と時間を使っているのであれば、それは推し活だけに限った話ではありません。
「何に使えば有意義なのか」は、人によって違います。旅行へ行くことに価値を感じる人もいれば、美容や食事にお金を使いたい人もいます。自分にとって推し活が楽しい時間なのであれば、他人の基準だけで「無駄な逃げ」と考えなくてもいいでしょう。
周囲から「現実見なよ」と言われた
「アイドルより現実で恋愛した方がいい」「そんなことにお金を使ってどうするの」「いい歳して推し活しているの」と言われたことで、それまで何とも思っていなかった推し活に罪悪感を持つこともあります。特に自分が大切にしている趣味を否定されると、「私の方がおかしいのかな」と考えてしまいがちです。
しかし、恋愛や結婚だけが人生の「現実」ではありません。仕事をすることも、旅行へ行くことも、友達と遊ぶことも、好きな趣味を楽しむことも、すべて自分が実際に経験している人生の一部です。
推し活をどう感じるかは、その人の価値観によって変わります。もちろん自分自身が苦しくなるほどの推し方は見直してもいいですが、「誰かが理解できない」という理由だけで、自分にとって大切な楽しみまで否定する必要はありません。
推し活がないと何も頑張れない気がする
「推しがいるから仕事へ行ける」「次のライブがなかったら頑張れない」と思うほど、推しが毎日のモチベーションになることがあります。それがあまりにも大きくなると、「推しがいなくなったら私は何もできなくなるのでは」と不安になることもあるでしょう。
ただ、何か楽しみを目標に毎日を頑張ること自体は珍しくありません。「週末の旅行を楽しみに働く」「欲しいものを買うために仕事を頑張る」という気持ちと同じように、推しを楽しみに頑張ることもできます。
それでも「推し以外に楽しいことが本当に何もない」と感じ、自分自身もその状態が不安なのであれば、推しを手放すのではなく、ほかの小さな楽しみも少しずつ増やしてみるのがおすすめです。推しが一番大きな楽しみであっても、それ以外にも好きなものがあると、推し活自体をより気楽に楽しめることがあります。
推し活で現実逃避し続けていないか確認したいとき
推し活自体を悪いものにする必要はありませんが、どんな趣味でも生活とのバランスが崩れることはあります。「最近ちょっと無理をしているかもしれない」と自分自身で感じたときは、推しを好きな気持ちではなく、現在の生活全体を確認してみましょう。
ここで大切なのは、「こんな推し方をしている自分はダメ」と責めることではありません。推し活をこれからも楽しむために、必要であれば少しだけ距離や方法を調整するという考え方がおすすめです。
支払えないほどお金を使っている
推し活とのバランスが崩れているかを判断しやすいのがお金です。ライブやグッズへお金を使うこと自体は悪くありませんが、生活費を削ったり、支払いが難しい状態でチケットを申し込んだり、借金をしてまで推し活を続けたりしているのであれば、一度立ち止まった方がいいでしょう。
「今しか買えない」「今回のツアーは今しかない」と考えると、推し活では無理をしたくなることがあります。しかし、翌月の生活費や支払いを心配しながらライブへ行っても、心のどこかでは現実が気になってしまいます。
推し活を長く楽しむためにも、まず自分自身の生活を守ることが大切です。「無理をして全部参加する」よりも、「これなら安心して楽しめる」という範囲を見つけた方が、結果として推し活そのものも気持ちよく続けられます。
仕事や学校など必要なことを何度も後回しにしている
「今日は疲れたから課題は明日にしよう」「ライブ翌日は休みを取ろう」といったことがたまにある程度なら、それほど問題ではないでしょう。自分の生活の中で上手に予定を調整できているなら、推し活のために休む日があっても構いません。
ただし、推し活を理由に仕事や学校、必要な手続きを何度も放置し、その結果として自分が困る状況になっているのであれば、一度優先順位を見直してもいいでしょう。やらなければならないことが積み重なるほど、結局は推し活をしている最中にも気になってしまいます。
先に必要なことを少し片付けてから推しを見ると、「今は何も考えず楽しんでいい」と気持ちを切り替えやすくなります。現実を全部完璧にしてから推し活をする必要はありませんが、自分が困るほど後回しにしないバランスは大切です。
推し以外の人間関係をすべて切ってしまう
推し活を始めるとオタ友が増え、以前の友人と会う時間が減ることがあります。それ自体は自然な変化ですし、一人で過ごすことが好きな人なら、無理に人付き合いを増やす必要もありません。
ただし、「推しを理解してくれない人とは誰とも関わりたくない」「推し以外には何も必要ない」と極端になり、自分自身もどこか苦しさを感じているのであれば、一度考えてみてもいいでしょう。推し活とはまったく関係のない友達との時間が、意外と良い気分転換になることもあります。
推しを大切にしながら、家族や友人、仕事仲間など別の人間関係も自分が心地よい範囲で残しておくと、世界がひとつだけになりにくくなります。推し以外のつながりを持つことは、推しへの気持ちを弱くすることではありません。
推し活をしていても楽しくない
以前は推しを見るだけで楽しかったのに、最近は「情報を追わなければ」「グッズを買わなければ」と焦ることが増えている場合があります。SNSでほかのファンを見るたびに落ち込んだり、推し活そのものが新しいストレスになったりすることもあります。
そうなったときは、「推しを好きなのだから頑張って続けなければ」と思わなくて大丈夫です。SNSをしばらく見ない、グッズ購入を休む、現場の数を減らすなど、自分が負担に感じている部分だけ離れてみる方法もあります。
推し活は本来、自分の生活へ楽しみを増やすためのものです。楽しいより苦しいが大きくなっているのであれば、少し休憩しても構いません。距離を置いたことで、改めて「私はこの人のここが好きだった」と気づくこともあります。
推しがいない現実を考えるのが怖くなっている
推しがとても大切になると、「この人がいなくなったら自分には何も残らない」と感じることがあります。そこまで好きになれる存在がいること自体は悪いことではありませんが、その考えによって自分自身が不安になっているのであれば、推し以外の時間にも少し目を向けてみてもいいでしょう。
仕事、美容、旅行、映画、ゲーム、読書、友達との時間など、何でも構いません。「推し以外にもこれをしている時間は好きだな」と思えるものを少しずつ増やしていくと、自分自身の世界も広がっていきます。
推しを減らして別のものへ置き換える必要はありません。推し以外の自分も少しずつ増やしていくというイメージです。自分の土台が広がると、推しだけにすべてを背負わせず、以前より気楽に推し活できるようになることもあります。
おた歴30年で思う「推し活と現実逃避」のちょうどいい関係
長く推し活をしてきて思うのは、「推し」と「現実」を完全に反対側へ置かなくてもいいということです。現実がしんどい日に推しへ逃げることもあれば、推しからもらった元気を持って自分の生活へ戻る日もあります。
推し活と現実の間を行ったり来たりしながら、自分にとって無理のない距離を見つけていけばいいのではないでしょうか。
現実が嫌な日に推しへ逃げてもいい
仕事で嫌なことがあり、人間関係にも疲れ、「今日はもう何も考えたくない」と思う日はあります。そんな日に無理やり問題について考え続けるより、「今日は一回推しに逃げよう。問題は明日考えよう」と決めてしまう日があってもいいと思います。
好きなライブ映像を見て、推しの姿に笑って、「今日もかっこいいな」と思って、そのまま寝る。一晩考えなかったからといって、すべての問題が手遅れになるわけではありません。疲れた頭で考え続けるより、翌日の方が冷静に向き合える場合もあります。
推しへ逃げること自体を悪いことにしなくてもいいと思います。大切なのは、そこで永遠に隠れ続けることではありません。少し休ませてもらい、「そろそろ戻るか」と思えたときに、自分のペースでまた現実へ戻ればいいのです。
推しには解決できない現実もある
どれだけ推しが大好きでも、推しを見ればすべての問題が解決するわけではありません。仕事上の問題、お金のこと、人間関係や将来についての悩みなどは、ライブへ行っている数時間は忘れられても、帰宅すればまた自分の前に残っています。
だからこそ私は、推しに現実の問題を解決してもらおうとするより、問題へ向き合うための力を少し分けてもらうくらいがちょうどいいと思っています。「昨日は最悪だったけど、推しを見たら少し元気になったから、今日はこれを片付けよう」と思えれば十分です。
推しには解決できないことがあるからといって、推し活に意味がないわけではありません。問題を直接解決してくれなくても、自分がそれと向き合うための気持ちを整えてくれる存在になることはあります。
推し活から現実へ持ち帰れるものも多い
推し活の中で感じたことや経験したことが、現実の自分へ返ってくることもあります。「推しが仕事に向き合う姿を見て自分も頑張ろうと思った」「ライブへ行くために美容を始めたら、それ自体が新しい趣味になった」ということもあるでしょう。
遠征を重ねたことで一人旅が得意になったり、聖地巡礼から旅行が好きになったり、オタ友との交流を通して新しい人間関係が広がったりすることもあります。推しがきっかけで始めたことが、やがて推しとは関係なく自分自身の好きなことになる場合もあります。
そう考えると、推し活と現実は完全に切り離された世界ではありません。推し活で得た経験や気持ちも少しずつ今の自分へ積み重なり、自分自身の生活の一部になっていきます。
推しがいる人生も「現実」の一部
「推し活は現実逃避」と言われると、推しを見ている時間だけが架空の世界で、仕事や日常生活だけが本当の現実であるように聞こえることがあります。しかし、ライブへ行ったのも、遠征したのも、オタ友と笑ったのも、すべて自分自身が経験した出来事です。
推しを見て泣いたことも、当選メールを見て喜んだことも、知らない土地へ行ってワクワクしたことも、実際に自分の人生の中で起きています。推し本人との距離が遠かったとしても、推しを好きになったことで自分が経験した時間まで架空になるわけではありません。
仕事や家族、恋愛だけが現実ではありません。自分が好きなものを楽しんだ時間も含めて、自分の人生です。推し活を「現実とは別の世界」と考えるのではなく、自分の現実の中にある楽しみのひとつとして考えてもいいのではないでしょうか。
逃げ場所があるから戻れることもある
ずっと真正面から現実へ向き合い続けるのは疲れます。「仕事で嫌なことがあっても帰宅後まで考える」「寝る前にも考える」「翌朝起きた瞬間からまた考える」という状態が続けば、どこかで気持ちが疲れ切ってしまいます。
そんな日に一度推しへ逃げ、好きな映像を見て笑い、「やっぱりこのライブ好きだな」と思って眠る。そして翌日になったらまた仕事へ行く。それができているのであれば、推し活は単なる逃げ道ではありません。
逃げ場所があるから、また戻れることもあります。推しは現実から永遠に隠れるための場所ではなく、「もう一度現実を歩き出せそう」と思えるまで少し休ませてもらえる場所にもなるのだと思います。
推しがいなくなる日を想定しておく
まとめ|推し活が「逃げ」でも、現実へ戻れるならそれでいい
推し活をしている間、仕事や人間関係など嫌な現実を一時的に忘れることはあります。その意味だけを取り出せば、「現実から少し離れている時間」といえるかもしれません。しかし、趣味にはもともと日常から距離を置き、気分を切り替える役割もあります。
推しを見て元気になり、翌日また仕事へ行く。ライブを楽しみにお金を貯め、次の現場まで毎日を頑張る。そんなふうに推し活と現実を行き来できているのであれば、必要以上に「私は逃げている」と自分を責めなくてもいいと思います。一方で、生活費まで使っていたり、必要なことを何度も放置したり、推し活そのものが苦しくなったりしているのであれば、一度距離感を見直してみましょう。
現実がしんどい日に、推しへ逃げてもいい。そこで少し笑って、休んで、元気になったらまた戻ればいい!推しは現実から永遠に隠れるための場所ではなく、現実をもう一度歩き出すまで休ませてもらえる場所にもなります。そして、推しを好きになったことも、ライブへ行ったことも、その時間に幸せだったことも、すべて自分の人生の中で起きた「現実」です。推し活を現実の反対側に置くのではなく、自分の現実を少し楽しくしてくれるものとして付き合っていければ、それで十分だと思います。


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